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沖縄戦くぐり抜けた重文の泡盛工場、修復完了 沖縄・名護

 Uploaded by 朝日新聞社 沖縄戦くぐり抜けた重文の泡盛工場、修復完了 沖縄・名護 (2018/07/24)

沖縄戦くぐり抜けた重文の泡盛工場、修復完了
沖縄・名護

沖縄県名護市で戦前に建築された木造の泡盛工場が、7年をかけて修復された。沖縄戦をくぐり抜け、今も醸造を続ける県内で唯一の施設。保存を求めてきた市民らは「名護にも泡盛文化の原点があった証拠が残った」と喜んでいる。
 市中心部の「津嘉山酒造所」は1928(昭和3)年に完成し、泡盛「國華」の醸造を始めた。戦前の最盛期には、年8万8千リットルを製造したという。
 敷地は約600坪。住宅と工場が一体化した平屋が立つ。住宅部分は琉球風の客間が並ぶ「主屋」と、茶道具を並べる違い棚を備えた日本古来の書院造りの離れが廊下でつながっている。工場部分は柱の少ないトラス構造の広い空間に、蒸留装置や地中に埋まったタイル張りの貯蔵タンクなどがある。
 沖縄本島に米軍が上陸した45年4月、名護中心部の建物は次々と火炎放射で焼き払われたが、酒造所は米軍が接収し、事務所やパン工場として使われたという。離れにつながる廊下の柱には「OFFICERS QUARTERS(将校宿舎)」の文字が残る。
 戦後は49年ごろから製造を再開。82年から8年ほど休業を挟んだが、今も従業員2人が泡盛づくりを行っている。年間の製造量は1万リットルほどで、県内大手の数日分だが、工場長の幸喜行有さんは「手作業にこだわって造り続けたい」と話す。




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